第20回「運動会とまちづくり」

(H17.10.31)

京都市は、15年ほど前から、当時の市長の発案でしょうか、市民挙げてのスポーツ活動、特に小学生の駅伝と市民運動会が盛んなようです。

10月の体育の日の前後の日曜日は、学区単位で小学校の校庭で、町内対抗運動会が盛大に行われます。

まさに、京都市民のパワーと団結を感じるひとコマです。
市会議員も入れ替わりやって来ます。

ところが、現実は、ここにも長寿少子化の波が、急激に押し寄せていました。

つまり、運動会のプログラムは、15年前の人口構成でつくられたままで、花形のリレー競技を中心に、30歳以上の人には、ちょっと危険?な競技ばかりが連なっています。

全力で走って、順位を競う競技は、町内対抗という一種の争いにぴったりで、声援もひときわ高まります。

ところが最近は、町内に「若者」がほとんどいなくなり、平均年齢60数歳という町内もある中で、毎年同じ町内が優勝し、マンションが建てばその町内がしばらく常勝するという現象が続いています。

多くの町内の役員は、この季節になると選手集めが大変で、苦痛にもなっているのです。


問題は、そのことが明白になっているにもかかわらず、誰一人、凝議内容の検討変更、大会そのものの検討変更を持ち出さないことです。

どの町も多かれ少なかれ同じですが、日本人は、先人の残したルールを変更するのが、どうも罪だと思っている人種のようです。
たとえば、新しいルールや規範をつくっても、従前のものを残したまま行います。
つまり、新しいものをつくったら、必ず何か一つ廃止するということがなく、行政も必要のない部門が、たくさん残って、無駄遣いの元になっていることは、周知の事実です。

特に京都市は、歴史のある町ですから、町内会(自治会)の職務一つとっても、他の町、特に東京のニュータウンなど、新しくできた町のそれと比べると、格段に多いのには驚いています。
たとえば、戦時目的につくられた、国防婦人会の名残がまだ存在しており、おまけにそれが某与党の政治家の選挙活動に利用されているのですから驚きです。

伝統あるお祭りや行事がたくさんあり、その世話だけでも一仕事です。
当然、町費も高くなってきます。

もちろん現状でも、問題なくこなせているのなら、私がとやかく言うべきではありませんが、現実、お年寄りが中心の町内で、役員もすべてお年寄りで、たくさんの活動内容を消化するために、クタクタになっている実情を知ると、だんだん黙ってはいられなくなります。
高い町費も、年金生活者にとっては、思い負担です。

日本は、間違いなく、世界一の長寿少子国家の道を歩み始めています。
このことから逃げず、正面から受け止めて、すべてのシステムを見直すことが、本来の「改革」です。

「高度成長時代の夢をもう一度」といわんばかりの「似非(えせ)改革」は、時代錯誤だといわざるを得ません!

皆さん、一日も早くそのことに気づきましょう!
そして、声に出して訴えましょう!