第36回「京都・認知症母殺害事件判決に思う」
(H18.7.23)
「地裁が泣いた!」という新聞見出しで有名になった、京都伏見区の介護殺人事件で、地裁の温情判決が出ました。
今年の2月1日、認知症の母親の介護に疲れた中年男性が、同意のうえ母の首を絞め殺した事件について、京都地方裁判所の判決が出たことは、ご存知のことと思います。
懲役2年6ヶ月、執行猶予3年という温情のある判決でした。
懲役2年6ヶ月、執行猶予3年という温情のある判決でした。
この判決は、その刑罰の温情だけでなく、理由中で行政の責任を間接的に示唆したことで、さらに注目を集めています。
つまり、被告が生活保護を求めた時に、何故行政がもっと親切に相談にのってやれなかったのだ、ということです。
しかし、行政窓口の現実は、働けるにもかかわらず、安易に理由をこじつけて、まじめに払い続けてきた国民年金生活者よりも、はるかに多い生活保護援助金を受け取ろうとするやからが、後を絶たないことも事実で、行政担当者が、不親切にならざるを得ない事情もあることも忘れてはいけません。
つまり、被告が生活保護を求めた時に、何故行政がもっと親切に相談にのってやれなかったのだ、ということです。
しかし、行政窓口の現実は、働けるにもかかわらず、安易に理由をこじつけて、まじめに払い続けてきた国民年金生活者よりも、はるかに多い生活保護援助金を受け取ろうとするやからが、後を絶たないことも事実で、行政担当者が、不親切にならざるを得ない事情もあることも忘れてはいけません。
世論としては、マスコミに誘発されて、「国が悪い!」「京都市が悪い!」という風潮にあるのですが、是非、市民一人ひとりが自分にも責任がなかったか、という視点で今回の事件を振り返っていただきたいと思います。
何故、地域の民生委員が相談にのってあげられなかったのだろう。
何故、町内会として、助けてあげられなかったのだろう。
何故、地域の福祉関係者が、アパートの大家さんが、隣近所の住民が、気づいてあげられなかったのだろう。
何故、地域の民生委員が相談にのってあげられなかったのだろう。
何故、町内会として、助けてあげられなかったのだろう。
何故、地域の福祉関係者が、アパートの大家さんが、隣近所の住民が、気づいてあげられなかったのだろう。
勿論、町内会に入っていなかったのかもしれませんし、アパートでは、住民交流が希薄なのが当然なのかもしれません。
被告本人の周囲に対する閉鎖的な関係もあったかもしれません。
また、私も何も、個別に犯人探しをするためにこんなことを書いているのではありません。
ただ、今現在、まちづくりがうまく機能し始めている地区の多くが、この事件に似たような、悲しい出来事がきっかけで、住民がコミュニティーのあり方を再検証したことがきっかけでした。
政治や地方公共団体の責任として終わらせるのではなく、是非、この事件をきっかけに、自分たちの地域コミュニティーのあり方を再検証していただきたいと思います。
本当の弱者は、地域の中で「声」を出せない状態に置かれている人たちだということを、地域のリーダーは、分かるべきでしょう。
被告本人の周囲に対する閉鎖的な関係もあったかもしれません。
また、私も何も、個別に犯人探しをするためにこんなことを書いているのではありません。
ただ、今現在、まちづくりがうまく機能し始めている地区の多くが、この事件に似たような、悲しい出来事がきっかけで、住民がコミュニティーのあり方を再検証したことがきっかけでした。
政治や地方公共団体の責任として終わらせるのではなく、是非、この事件をきっかけに、自分たちの地域コミュニティーのあり方を再検証していただきたいと思います。
本当の弱者は、地域の中で「声」を出せない状態に置かれている人たちだということを、地域のリーダーは、分かるべきでしょう。
さらに、この事件を契機に、生活保護の支給者の洗い直しをすべきだと思います。
「弱者」を名乗る強者から税金を取り戻す勇気を、市長や行政マンに期待します。
いろんな問題、しがらみがあることとは、薄々市民は気づいています。
ここは、「勇気」と「正義」で対処してください。
我慢せずに声を荒げる者、あるいは、行政に近い関係者だけが得をし、まじめに、ぎりぎりまで我慢する正直者が損をする不平等社会なら、行政機関は無い方がましです。
「弱者」を名乗る強者から税金を取り戻す勇気を、市長や行政マンに期待します。
いろんな問題、しがらみがあることとは、薄々市民は気づいています。
ここは、「勇気」と「正義」で対処してください。
我慢せずに声を荒げる者、あるいは、行政に近い関係者だけが得をし、まじめに、ぎりぎりまで我慢する正直者が損をする不平等社会なら、行政機関は無い方がましです。
INDEX
