第52回「教育改革案に思うこと(前半)」

(H19.2.2)

以前にも取り上げたテーマですが、ますます安部内閣が目玉にしている教育改革の内容に疑問を感じます

実は私、昔、テレビ・ラジオ番組のディレクターをしておりまして、5年間ほど教育番組を担当したことがありました。

その頃の日本の子供たち(小・中学生)の学力や音楽演奏力、スポーツの競技力は世界一でした。
ところが、大学生になる頃から急激に、アメリカなどの学生に逆転され、中には、折角中学までがんばっていたことを、嫌いになってしまう学生もいることに、愕然としたことを覚えています。

つまり、勉強だけでなく、音楽教育や運動競技まで詰め込み方式を採用したため、「楽しむ」ということを教えていなかったのです。

この現象は、はっきりデータとしても示され、多くの教育関係者は、日本の大学進学制度、つまり、受験勉強が厳しいため、一貫した生涯教育が出来ないことからそのような傾向に陥るのではないかと言っていたものです。

そんな議論を経て、今の「ゆとり教育」政策が生まれました。
私は、自分の仕事体験から、やっと日本も先進国の仲間入りをしてきたがと喜んだものでした。

さらに、教育現場の「週休2日制度」は、時代性が生んだ単なる副産物で、ゆとり教育の本質ではありませんでした。

ところが近年、ちょっと国際共通テストの結果が悪かったといって、この「ゆとり教育」の見直し論が盛んになり、挙句の果てには、授業内容の上方修正だけでなく、体罰の解禁まで議論されているでは無いですか。

子供に、本当の意味での学問の楽しみ方やスポーツ、音楽の楽しみ方を教えたいというのが「ゆとり教育」の本来の目的だったはずが、単に教える側が「詰め込み教育」を受けてきた世代だったために、それがうまくいかなかったからといって、再び、「詰め込み教育」に戻すなんて、国家の政策を議論する専門家としては、少し短絡過ぎてはいませんでしょうか。

しかも、時代性に合わない週休2日制は、維持したままで、事業内容を過密にするというのですから、まさに詰め込みと言っても言い過ぎではないのでしょうか。

以下次回に続けます

INDEX