第3回 中沢新一著「アースダイバー」

(H18.9.26)

このコラムでは広い意味での地盤関連の書籍や文献、あるいはインターネット上の有益な情報を不定期に紹介したいと思っています。
●シリーズ地盤の書棚から(1)

その第一回目は中沢新一著「アースダイバー」(講談社、2005)。著者の中沢新一さんといえば1983年のデビュー作「チベットのモーツァルト」が同年の「構造と力」(浅田彰著)と並んでニューアカデミズム・ブームを巻き起こし、私などもしばらくはその尻馬に乗っていたくちですが、最近は専門の宗教学からやや宗旨替えして考古学と民俗学を合体させたような「芸術人類学」(みすず書房)へ向かっているようです。

「アースダイバー」はその新しい展開を世に告げる画期的な著作です。本屋の店頭で拾い読みするなり頭をガツンとやられました。わたしのような地盤屋にとっては既知の情報以外のなにものでもない事柄を、実に鮮やかに切り取って見せられたのです。あとから言っても愚痴にしかなりませんが、「先を越された!」という思いに駆られたのです。

書籍のタイトルは、おそらくスカイダイビングやスキューバダイビングになぞらえたのでしょう。そのまま言い換えれば地面に潜るとか大地に跳び込むとでもなるかもしれません。中沢新一さんは東京中を歩き回ってその場所の伝承、地霊などを博物学的な知識とともに紹介していきます。しかし、このタイトルは実に意味深長であって、いまから6千年前の地球では海面が上昇した「縄文海進」と呼ばれる現象があり、この本の舞台となっている縄文時代の東京では江東区や墨田区などの下町低地や武蔵野台地を刻む谷底低地のほとんどが海面下に没していたのです。縄文海進の話題については別の機会にゆずることにして、当時は波が打ち寄せていたであろう海岸線を文字通りアースダイビングすることで、無意識下のDNAのような東京の古層が浮かび上がっていきます。当時の東京にはフィヨルドとかリアス式海岸のような深い入り江が数多くあり、海に突き出ていた半島や岬は神を祀る聖地とされていたこと、由緒のある神社仏閣は入り江に沿って点在していることなど、歴史上の事実と水際との関係が「もうひとつの歴史」として記録されます。

縄文海進時に海抜高度が上昇したことは地質学の分野では早くから知られていた現象です。わたしのような地盤屋であれば、それなくしてボーリング試験などの地盤調査の地層を判読することはありえません。しかも水没していた低地が現在の軟弱地盤地帯に重なるのですから重要です。中沢新一さんは海が押し寄せていた頃の手製の縄文地図を頼りに新宿や浅草を案内してくれるのですが、地盤に携わっている者であれば、縄文地図の代わりに、国土地理院が発行している「土地条件図」やらありったけの地形図を総動員して東京の微妙な起伏を読み取っているはずです。
毎日のようにアースダイブしていたのに自分がダイバーだったとは、この本を読んであらためて気づかされたのでした。